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1880【現代語訳】植木枝盛「財政危機を脱するには関税自主権回復を」(原題「今日財政の困難を救わんと欲す 併せて外交上の関係を察せざるべからず」)


財政危機を脱するには関税自主権回復を

(原題:「今日財政の困難を救わんと欲す 併せて外交上の関係を察せざるべからず」、1880(明治13)年)

原文:植木枝盛  現代語訳:山本泰弘

 

〔訳注:当時は金銀が世界共通の通貨であり、当時の日本の貨幣制度(金銀複本位制)では、その額面分の価値の金銀を含んで国際的に通用する金貨・銀貨を発行していた。これを「正貨」と呼ぶ。

 また同時に、政府の信用に基づいた紙幣を大量に発行していた。ただしこの紙幣は政府が同額の正貨への交換を保障しないもの(「不換紙幣」)であった。よって、正貨と紙幣の交換比率は変動する。

 名目上、正貨の1圓(円)と紙幣の1圓は同じとされたが、正貨に対し紙幣の価値・信用が落ち、1880年頃には実際の交換比率は正貨1圓=紙幣1.8圓となっていた。〕

 

 今や、財政危機は日ごとに甚だしくなり、いろんな人がこの問題を論じている。だが要するに財政危機と言われるものは、〔正貨である〕金貨の価値が非常に上昇して紙幣の価値が下落し、それに応じて物価が上がり、したがって紙幣を使う者にとっては以前は経済活動に十分な額のお金を入手できたが、今はその不足が実感される状況に至り、個々人のみならず広く見渡せば商業経済上にも害が生じていることである。よって今この状態を救済したいが、そのためには国内の事情に着目するだけでは不十分で、必ず外交上の関係を考察しなければならない。

 

 さて欧米各国はわが国より文明が進み、学術と技術の水準が高く、よって人工の製品を多く産出する。わが日本は欧米より文明が遅れ、学術と技術の水準はまだ低く、産出する物の多くは自然の産物である。

 互いの貿易においては、日本は欧米から常に大きさが小さく高価な品物を輸入するが、日本から欧米には常に安価で量がかさばる品物を輸出する。すると輸出入で釣り合いが取れず日本が貿易赤字になるのは必然で、ついには国内の金貨・銀貨を海外に払い尽くしてしまった〔金本位制の当時は、貿易の決済は金貨または銀貨で行っていた〕。かつ、国内に流通する紙幣を増やし、政府の権力でそれを正貨と同じと定めた。

 すると必然的に、商品に対する紙幣の価値は下落〔=紙幣増刷によるインフレーション〕し、物価〔通貨で測った商品の価格〕は高騰する。このとき諸外国にとってみれば、自国の商品に対する通貨の価値は日本のそれよりも高く、また、自国の通貨に対する商品の価値は日本のそれよりも安い〔=諸外国では一定額の通貨で日本でよりも多くの商品を買える、つまり、諸外国は日本に比べ物価が安く通貨が高い〕。ということはわが国にとってはまさにこれと反対〔=日本では一定額の通貨で諸外国でよりも少ない商品しか買えない、つまり、日本は諸外国に比べ物価が高く通貨が安い〕であるから、「安い通貨は通貨の価値が高いところに流れ込み、安い商品は物価の高いところに流れ込む」という法則によって、〔通貨安・物価高の〕わが国から外国に流出する通貨は常に多い一方、商品の輸出は少なく、〔通貨高・物価安の〕外国からは商品の輸入が常に多い一方、通貨の流入は少ない。これは必然の結果だ。

 わが国においては紙幣も正貨もともに名目上は同じ通貨だが、外国に対しては紙幣を使えず、正貨で支払わなければならないため、通貨は正貨の流出分を紙幣で補ってなんとか持たせている。このため財政上貴重な金貨がどんどん海外に流出し、国内には紙幣ばかりが残る。紙幣は多すぎるほどであるのに対し正貨はもはや破格の欠乏状態で、日ごとに正貨は値上がりし紙幣は値下がりし、よって国内の物価は高騰する結果となった。商品の輸出はますます減り、輸入はますます増え、つまりは貿易の不均衡がさらに生じて財政危機を深める。これらはみな外交上の問題なのである。

 

 さらに今や、わが国の外交上の問題はこれだけにとどまらず、私は併せて「わが国が外国に対して関税自主権を持っていない」という致命的な大問題を考えざるを得ない。

 いま諸外国を見渡せば、海運関税の額がわが国ほど少ない国は無い。いくつか例を挙げれば、英領カナダは国の歳入総額のうち海運関税が占める割合は約51.8%に当たり、米国は約50.5%、英国は約25.0%、フランスは約10.1%に当たる。しかしわが国においてはわずか約2.7%でしかない。もともと欧米諸国の多くは商業立国、わが国は専ら農業立国であるために、欧米は比較的海運関税が多くてわが国は比較的農地税(「地租」)が多いのは過去からの成り行きで自然だとも言えるが、これほどの差が生じるのはわが国が海運関税を自ら定める権限を持っていないことが紛れもない理由である。

 わが国は外国に対して自主的には関税をコントロールできない。だから課税すべき物品も、かつて諸外国と合意して定めた規則で無税としたものは、改めて課税することはできない。また、増税すべき物品も、かつて諸外国と合意して定めた規則で軽い税率にしたものは、改めて増税することはできない。この悪影響は関税収入を増やせないことにとどまらず、わが国に関税自主権が無いために、外国人はますますわが国に商品を輸入し利益を得て、ますます輸入額が増加し、貿易の不均衡がさらに拡大する。なんとひどいことか。

 

 このとおり、今日のわが国の財政危機の主要因は外国貿易にある。そして外国貿易不均衡の原因はわが国に関税自主権が無いことが大きい。要するに、昨今の財政危機の一つの要因は外交上の関係にあるのだ。財政危機を打開するためには、外交関係を考察することが不可欠だ。もし外交問題を放置してむやみに巨額の金銀を外国から借り入れるようなことになれば、そのせっかく借り入れた金銀もたちまち外国に流出し、そしてまた借り、借りては出て、ついには負債の海に沈みどうにも取り返しのつかない状態に至るはずだ。どうしてそれを恐れ憂慮せずにいられようか。

 

〔底本:『植木枝盛集 第三巻 新聞雑誌論説1』〕