民権家列伝⑤通史(「明治の民主憲法に今こそ光を」/山形新聞)


「明治の民主憲法に今こそ光を」

山本泰弘

 平成末期のここ数年は、「国家」のためとして憲法を改変したい勢力と、立憲主義を守ろうという勢力の対決構図が鮮明になった時代だった。

 憲法論議といえば、戦後史のみが注目されてきた。故に、終戦直後に急ごしらえされたとかGHQに押し付けられたなどの思い込みが語られがちだ。

しかし、日本の国民主権の憲法史は明治前期にまで遡る。強権を振るう政府に対し国民が立ち上がった自由民権運動の時代、志ある在野の若者たちが民主的な憲法草案を書いているのだ。

 その一人、時のオピニオンリーダーであった植木枝盛は、24歳にして国民主権・基本的人権・暴政への抵抗権などを定めた極めて先進的な憲法草案「東洋大日本国国憲按」を書いた。

彼の草案は、国民不在で明治憲法を定めた政府により一旦は歴史から消された。しかし数十年を経て研究者・鈴木安蔵が発掘し、終戦直後鈴木らはその精神を活かした新たな憲法案を提起する。それはGHQに影響を与え、新たな日本の憲法に反映されたといわれる。今の日本国憲法には、植木らが綴った草案のDNAが生きているのだ。

 この誇るべき歴史が、現代において語られることはほとんどない。奇しくも今年は「明治150年」。民主憲法が必要であることを誰よりも痛感し、ゼロから国民のための憲法を書くことに挑んだ彼らの功績に、今こそ再び光を当てなくてはならない。

 

(2018-11-21 山形新聞採用)