1890 板垣退助 他「愛国公党宣言」


愛国公党宣言

(1890(明治23)年:再立党に際しての決意表明)

現代語訳:山本泰弘

 明治二十三年五月五日、わが党は東京に集結して愛国公党結党式を開くのに際し、次のとおり宣言する。

 そもそもわが党が初めて世に出たのは明治六年のことであった。そのときの「本誓」において、天から授かった普遍的人権を確保し、民を自主自由・不羈独立に導こうと盟約した。わが党が率先して天下に向け自由主義を唱え、自由主義の国政を実現しようとしたのは、この時からである。それ以来、幾多の変遷を経て、境遇は変わってしまったが、志は常に同じく、終始一貫している。

 わが党はここに、かつての名前で再び党を立ち上げる。その主義は元と全く同じである。

 そもそも、自由主義は政治の一大原理である。天地の間に存在する事物はみな、原理の無いものはない。政治だけが原理が無いなどということはないのである。わが党は、原理を打ち立て、主義を明らかにし、それによって善良な政治を実施しようとするものである。

 政治は、臨機応変に最適な決定をしなければならない〔※1〕。原理を徹底的に実行することはできないが、政党たるものが原理を放置し、主義をないがしろにし、ただその場しのぎで仕事をすれば、いずれその方針を誤るはずである。それが、政党に主義が必要な理由である。

 国は人によって成る。人はそれぞれ自分を愛するものである。ということは、おのずとわが国を愛する。わが国を愛するということはつまり、広く人々を愛する博愛なのである。

 ああ、わが党の同志たちが世に先駆けて自由の主義を唱え、国のため身命をなげうったのは、一人よりも一国のほうが重いことをわかっていたためである。一人を愛する心を一国に及ばせ、そして公衆の安寧を享受するというのは、自由主義の本願なのだ。

 自由主義は天下普遍の道理である。わが党は、この理を隠蔽して姑息な政治を行う真似はしない。真に国家の安寧を達成するには、人民に自由を得させなければならない。自由主義を危険だとし、人民に権利を得させないのは、天下普遍の道理を握りつぶすことである。

 わが党がいち早く政党内閣制を提唱したのは、首相に国家の大政の責任を担わせ、天皇には責任を負わせず、皇室を政治に左右されない安らかな環境に置くためである。よくよく世界各国の情勢を察するに、自由主義国と専制国と、君主はどちらが安全でどちらが危険だろうか。自由主義は、真に皇室を安らかにして差し上げるものである。上は皇室の栄誉を増し、下は人民の幸福を高め、そしてわが国の独立を保ち安寧を実現するのは、わが党の掲げる自由主義をおいて他にない。

 わが党がここに結党の式を挙げるのは、この主義に基づいてこの目的を達成したいからである。政党というものに必要なのは、第一に一貫した主義を立てること、第二に一国の公益を慮ること、第三に公民の意見に従うこと、である。政党は、一定の主義に基づき、公益を志さなければならない。そしてこれを考える上では社会に開かれた議論にするべきで、そこで公の人々の意見にさらされなければならない。これら三つのうち一つでも欠ければ、全うな政党とは言えない。

 わが党は自由主義のもとに立ち一致団結して、最大の政党を組織したい。英国において政党内閣(議院内閣)制がうまく行われているのは、政党が最大限の規模だからである。ドイツにおいていまだ政党内閣制が行われていないのは、小さい政党に分裂しているからである。内閣は最大の政党の上に成り立ち、その力に基づくのでなければ、強固な地盤を確保して自党の政策を行えない。

 わが党には一貫した主義があるからには、その主義に基づいた政策方針が要るところだが、政治はその時代に応じて最適な解をとるもので、画一にそれを規定するのは難しい。しかもわが党は、国家百年の利害に関する重要事項を短い時間と文面で定めて、結局空虚な言葉を並べ立てるわけにはいかない。しかし、わが党の長年にわたる足跡・言行を振り返り、まとめて条文とするならば、次のとおりである。

第一条 政策を行うにあたっては、人民への干渉を最小限にすべきこと。

 政府の本来の役割は、人民の権利を保全し義務を尽くさせることにあるが、同時に公共の利益のために、教育、通信、農業・商業などの領域では政府は多少人民の権利に介入しなければならないこともある。とはいえ、われら自由主義に基づいて政治を行おうと志す者はなるべくその介入・干渉を抑えるものである。

第二条 内政は中央集権に傾かず、地方分権を主軸とすべきこと。

 各国はそれぞれの情勢に応じて異なった体制をとっている。わが国は大政奉還までの封建時代において地方分権の程度が大きすぎ、各地の藩の力が強く一つの国としての統制が取りきれなかった。大政奉還・明治維新によっていまや群雄割拠の体制は廃れたが、かえって中央集権に傾き、もはや地方の政治力は衰退してしまった。

 わが党は盛んに地方自治の体制を構築し、好ましい程度の分権を実現することを目指す。

第三条 外交は、各国と対等の権利・義務を確保すべきこと。

 外交はわが国の自主独立を脇に置いて行ってはならない。強国に媚びて弱国を侮ったり、大国に利益を与えて小国に害をなしたり、一国からの印象をよくしようとして他国の感情を傷つけ信義を裏切り、偏狭な見方に陥り頑としてそれにしがみつきかえりみないというのは、わが党の志に反する。

 条約や通商などにおいては、相手国がわが国に対し義務を果たしたら、わが国も同じく相手国に対し権利を認め、互いに対等の権利義務を保全するのは、まさにわが党の基本とするところである。

第四条 軍備は防衛を主軸とすべきこと。

 軍備は基本的に外国に対し自国の独立を守るためにあるから、その充実を図らなければならないが、国力の状態を顧みず多額の資源を費やし、さらには侵略を画策し結果国にわざわいをもたらすなどというのは、わが党は決して行わない。

 もしわが国の主権を侵略され、その勢いが止められない場合に至ったら、兵力に頼って主権を回復すべきであるが、それは正当に国家主権を防衛するという原則に基づくものである。

第五条 財政は節制を基本とし、経費は民力に適応すべきこと。

 財政は民の暮らしの苦楽に関わるものであり、最も重大と位置づける。これを整理するためには、各種の税法を改正し、なるべく人民の負担を軽くし、そして納税者に対し偏りなく均一な重さにする必要がある。

 また、国家経費の必要な者に対してはもとより支出すべきであるが、民力を考慮せずに政府の機能を肥大化させるようなことは、わが党は決して行わない。わが党は大いに支出を節約し、民力を養うことを目指す。

 わが党は以上の政治指針に基づいて議論を起こし、政治の改良を図る。いまやわが党がまさに取り組むべき改善点は甚だ多く、数え上げればきりがない。

 しかしわが国は官民ともに未だ代議政治に慣れず、かつ、政策実務の調査も未だ完全ではない。よって国家の一大事について一つの議案を作るのにも、数か月間の労力を費やし、調査は極めて精密に行う必要がある。

 そんな状態で一挙に全般的な改革を行おうとすれば、その目的を誤ってしまうおそれがある。もし広範な改革をしようとしても、短期間でそのための調査を完了することはできない。ゆえに、改革のための調査が完了した課題から順に改革案を提起してゆき、日進月歩で徐々に全般的改革を目指す。

 ただし、中でも最も緊急な課題については、まず改革案を列挙し、選挙でわが党の国会議員が決まってから、調査の経過に基づき審議・討論してそれらの案を増減させる。

 いまわが党が改革案として掲げようとする項目は次のとおりである。

 第一 地租(土地の固定資産税)を軽減すること。

 第二 政策支出を節約すること。

 第三 税を徴収する法律を改正すること。

 第四 新聞条例・集会条例・出版条例の三つを改正すること。

 第五 保安条例を廃止すること。

 第六 警察の制度を改良すること。

 第七 監獄の制度を改良すること。

 第八 民間の特定の商業者・工業者に保護を与えないこと。

 これらの中で、税を徴収する法律の改正は、最も急務である。改正すべき点には目星が付いているが、法全体の調査はまだ完了していないため、改正案は後日定めるものとする。

 また、監獄の制度は現状勅令で定められているが、これを法律の形にして改良することを求める。

 また、新聞・集会・出版の三条例の存在は、代議政治を実施し、世の中の政策議論を活発化する上で不都合この上ない。

 また、警察制度が大規模で複雑であることは害である。これをなるべく単純で簡易なものに改良すれば、経費を節約できる。

 また、地租の軽減はわが党の持論であり、三大事件建白運動において、全国各地の党員が痛烈に主張したのはこの点であった。

 これ以外にも軽減すべき税はあるが、地租は政府の歳入の半分近くを占め、その多くは農民が納めるいわば農業税である。これは他の税に比べて甚だしく比率が大きい。農業に税をかけるというのはかつての封建時代のならわしであるから、それを引き継いで歳入を農業税に頼ってきた結果、これほどの偏重になってしまったのである。

 今は昔とは異なり、立憲政治体制のもとにある人民の間で税負担が均一でないというのは、税法が不公正であると言わざるを得ない。

 地租を軽減するとなれば国の歳入の額は減るが、これを補うためには政策経費を節約する。政策経費を節約するためには、公務員の人数を減らし、役所や部署の廃止・統合を行うなど鋭く支出を切り詰めなければならない。

 そしてこの他にも歳入を補う策がある。先の第八項で述べた、特定の民間事業者に保護を与える〔※〕というのは、歳出額に大きく影響し、かつ事業を保護することの政策的な意味を履き違えている。

 公共の利益につながる航海や鉄道などについては、政府が保護するのはその事業による公益をもたらすためである。一方、特定の民間事業者を優遇するというのは単に国の財産を無駄にするにとどまらず、そのせいで事業が少数の企業に握られ、他の多数の事業者はその優遇企業と競争することができず、結果として自立した民間経済の発達を害することとなる。

 わが党が政治を自由主義に導くにおいて改良を求める事は、これらだけでは全くない。以上の項目は、最高度の緊急課題である。わが党はこれらの改革案を今年の国会議場に提出し、多数の賛成を得たいのである。

 よくよく考えてみれば、わが党は長年の悲願とする政策案が多くある中、実に深く忍んで前述の緊急課題に絞って改良を求めているのは、それが実に至難の業であることを知っているからである。なぜ至難かといえば、憲法の解釈が問題だからだ

 いずれの立憲国においても、財政を審議するのは国会の権限である。国会にこの権限が無ければ有名無実である。かつ、財政を議決する権限は主として国民の代表によってなる衆議院に任せられるべきである。ゆえに、わが国の憲法〔大日本帝国憲法〕においても予算案は先に衆議院に提出するものと定め、また、国家の歳出・歳入は毎年予算の形で帝国議会の協賛を得るものと定めている。

 わが党は、立憲政治の原則上、かつ憲法解釈上、財政の議決権は衆議院議員にあると信じる。しかし、もし、国会議論の前に政府が支出を決めてしまう「既定歳出」などという考え方を認めてしまえば、国会には財政を議決する権限がほとんど無くなってしまう。

 わが党が国会議場に立つに臨んでは、正当な手段によりその目的を達したい。

 わが党の主義・政治方針・政策課題は以上のとおりである。わが党はこれらを妥協することなく掲げて進み、困難であることは覚悟の上で実現しようとするものである。

 わが党が目的を達成する日は、日本の民が天から与えられた普遍的人権を保全し、自主自由・不羈独立の生き方を獲得し、国民が国会に代表を送って議論する代表制民主主義が確立し、政党による議院内閣制が実現する。そうなれば、皇室の尊敬・栄誉は増し、人民の幸福は崇高となり、わが帝の神聖さは保たれ、わが国は隆盛に至り、そしてはじめて先進諸国を相手にして対等の地位に立てるはずである。

 わが党の主義が実践されていけば、自由の大気が世に満ちて幸いの兆しを示し、風のごとく恩恵を行き渡らせる帝と、帝を敬い慕う民とが一つの和をなして、旧来の専制政治を改めて立憲の新政を興し、東洋を代表する確固とした独立国が実現するのだ。

 ああ、わが日本列島は世界の孤島だが、自由の元気が大いに発揮されれば、五大陸に向けてその輝きを発することが十分できるのだ。わが党はここに固く誓い合い、決してこの宣言を空想に終わらせない。

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〔※1〕 原文:時ニ従ヒ以テ宜シキヲ制セザル可ラス。“時流に従ってその場しのぎでよしとすることを戒めなければならない”とも読めるが、そうすると同表現が再び現れる部分との整合性が取れない。

〔※2〕 1887(明治20)年に起こった、各府県の民権家が①言論の自由の確立、②地租の軽減、③諸外国との対等な外交関係の回復 を主張する国民運動。同年末に政府が民権家を都心から強制排除して鎮圧した。代表的人物は片岡健吉星亨尾崎行雄

〔※3〕 明治政府は後に財閥となる有力事業者と癒着し、特権的取引を行ったり国の費用で設立した工場や会社を破格の条件で払い下げるなどしていた。